やなせたかしの実家はお金持ち?叔父の病院の跡地はごめん駅前公園!

国民的キャラクター「アンパンマン」の生みの親として知られる漫画家・絵本作家のやなせたかしさん。

やなせたかしさんの生み出した心優しいヒーローは、世代を超えて多くの人々に愛され続けています。

実は、やなせたかしさんの実家について調べていくと、「裕福な家庭だったのでは?」という声が多数上がっているんです。

実際のところ、やなせたかしさんのご実家は本当に裕福なのでしょうか。

そこで今回の記事は、

・やなせたかしの実家はお金持ち?
・やなせたかしの実家が裕福な家庭と言われる3つの理由!
・やなせたかしと家族のエピソードを紹介!

こちらの内容でまとめていきます。

目次

やなせたかしの実家はお金持ち?

やなせたかしさんの実家が「お金持ち」と言われているようですが、裕福なご家庭だったと思われます。

やなせたかしさんですが、ネット上で

「実家は裕福なのでは?」

との声が広がっています。

やなせたかしさんの実家をインターネット検索してみると、このように「やなせたかし 実家 お金持ち」というキーワードまで出てきます。

これは、やなせたかしさんの実家について「お金持ち」というイメージを持つ方が多いということでしょう!

ここでやなせたかしさんのプロフィールを見ていきましょう。

やなせたかしのwikiプロフィール
  • 本名:柳瀬嵩(やなせ たかし)
  • 生年月日:1919年(大正8年)2月6日
  • 出生地:東京府北豊島郡滝野川町(現:東京都北区)
  • 職業:漫画家、絵本作家、詩人
  • 代表作:『アンパンマン』『手のひらを太陽に』
  • 没年:2013年(平成25年)10月13日(94歳)

やなせたかしさんの人生は、決して平坦な道のりではありませんでした。 

東京高等工芸学校(現在の千葉大学工学部)を卒業後、田辺元三郎商店(現在の田辺三菱製薬)に就職しましたが、戦争により徴兵され、中国で軍務に就きました。

終戦後は高知新聞社で働き、その後上京して三越の宣伝部に勤務。

1953年に専業漫画家として独立しています。

しかし、手塚治虫さんらのストーリー漫画が主流になる中で、やなせたかしさんの作品はなかなか注目されませんでした。

「困ったときのやなせさん」と呼ばれるほど、様々な仕事を引き受けながら生計を立てていたのです。

そんな中、1973年に『アンパンマン』を発表

最初はなかなか受け入れられませんでしたが、アニメ化されると大ブームとなり、国民的キャラクターへと成長しました。

やなせたかしさんは94歳という長寿を全うし、最後まで創作活動を続けられました。

その人生は、まさに「諦めない心」と「愛情深い創作」に貫かれていたと言えるでしょう。

では、一体なぜ、やなせたかしさんの実家はお金持ちと言われているのでしょうか?

理由について、次で詳しく見ていきましょう。

やなせたかしの実家が裕福と言われる3つの理由!

やなせたかしさんの実家が裕福な家庭と言われる理由は、3つありました。

やなせたかしの実家が裕福と言われる理由

①:父方の実家が伊勢平氏の末裔
②:叔父が長岡郡医師会長を務める開業医
③:官立学校に進学できる経済力

これらの理由を詳しく検証してみましょう。

理由①:父方の実家が伊勢平氏の末裔

やなせたかしさんの実家が裕福な家庭と言われる理由1つ目は、「父方の実家が伊勢平氏の末裔」です。

まず最も注目すべきは、やなせたかしさんの父方の実家の格式の高さです。

父方の実家は高知県香美郡在所村(現在の香美市香北町)にあり、

なんと伊勢平氏の末裔で300年も続く由緒正しい旧家だったのです。

300年も続く家系というのは、現代の私たちからすると想像もつかないほどの歴史と格式を持った家柄です。

特に高知県という土地柄を考えると、地域の名家として代々続いてきた家系だったことが分かります。

父親の柳瀬清さんも、上海の東亜同文書院を卒業後、日本郵船に勤めた後、講談社で編集者を務めるという華麗な経歴の持ち主でした。

その後、東京朝日新聞に引き抜かれ、特派員として上海に赴任するなど、当時としてはエリートコースを歩んでいたのです。

このような家系に生まれたということは、経済的に安定していたことを物語っています。

300年も続く旧家ということは、それだけ長く財産と社会的地位を守り続けてきた証でもありますね。

理由②:叔父が長岡郡医師会長を務める開業医

やなせたかしさんの実家が裕福な家庭と言われる理由2つ目は、「叔父が長岡郡医師会長を務める開業医」です。

やなせたかしさんは5歳の時に父親を亡くしていて、弟とともに叔父の柳瀬寛さんに引き取られています。

この伯父さんこそが、やなせたかしさんの人生において決定的な影響を与えた人物でした。

柳瀬寛さんは長岡郡後免町(現在の南国市)で開業医を営み、なんと長岡郡医師会長という要職に就いていました。

京都医専(現在の京都府立医科大学)を卒業した医師で、地域医療に大きく貢献していました。

当時の医師、特に医師会長ともなれば、社会的地位も経済力も相当なものだったはずです。

現代でも開業医というのは高収入の職業として知られていますが、大正時代から昭和初期にかけての医師は、さらに特別な存在だったでしょう。

やなせたかしさんは、この伯父さんのもとで小学校2年生から18歳までの多感な時期を過ごしました。

伯父さんは趣味人でもあり、やなせたかしさんの芸術的感性にも大きな影響を与えたと言われています。

経済的な心配をすることなく、質の高い教育を受けることができる環境が整っていたのですね。

理由③:官立学校に進学できる経済力

やなせたかしさんの実家が裕福な家庭と言われる理由3つ目は、「官立学校に進学できる経済力」です。

3つ目の理由として、

やなせたかしさんが東京高等工芸学校(現在の千葉大学工学部)に進学できたという事実があります。

これは当時の経済状況を考えると、相当な経済力がなければ実現できないことでした。

大正時代から昭和初期にかけて、高等教育を受けられるのは本当に限られた家庭の子どもたちだけでした。

特に官立の専門学校ともなれば、学費だけでなく東京での生活費も含めて、相当な経済的負担が必要だったのです。

当時の教育費について

• 官立専門学校の学費:年間50円~100円程度
• 東京での下宿代:月額15円~25円程度
• 生活費全般:月額30円~50円程度
• 年間総費用:500円~800円程度(当時の大卒初任給の10倍以上)

やなせたかしさんが図案科で学んだということも重要なポイントです。

芸術系の学科は実用性の面で疑問視される傾向がありましたが、伯父さんはやなせたかしさんの才能と興味を理解し、経済的支援を惜しまなかったのです。

また、同期生に後に人形作家として名を馳せる風間完さんがいたことからも、質の高い教育環境だったことが分かります。

このような環境で学べたということは、家庭の経済力の証明でもあるでしょう。

さらに、卒業後に田辺元三郎商店(現在の田辺三菱製薬)に就職できたのも、学歴と家庭の後ろ盾があったからこそだと考えられます。

当時、一流企業に就職するには、学歴だけでなく家庭の社会的地位も大きな影響を与えていたのです。

やなせたかしの叔父の病院の跡地はごめん駅前公園

実は、やなせたかしさんって小学校2年生から18歳までの多感な時期を、叔父さんの家で過ごしていたんです。

その叔父さんというのが柳瀬寛さんという方で、高知県で「柳瀬医院(やなせいいん)」という病院を開業されていたんです。

場所は現在の南国市駅前町、昔でいうと長岡郡後免町というところ。

内科と小児科を診療科目にしている、いわゆる町のお医者さんだったそうです。

そんな柳瀬医院で、やなせさんは思春期のほとんどを過ごしたんですね。

で、この柳瀬医院の跡地なんですが、現在は「やなせたかし・ごめん駅前公園」として整備されているんです!

ファンの方はぜひ訪れてみてください。

住所:高知県南国市駅前町3-2-24

やなせさんにゆかりのある場所が、こうして公園として残されているのって素敵ですよね

やなせたかしと家族のエピソードを紹介!

やなせたかしさんの人生を語る上で、家族との深い絆は欠かせません。

やなせたかしさんの家族構成は、父・母・弟の4人家族でした。

家族のエピソードをご紹介します!

やなせたかしと両親との関係性は?

やなせたかしさんと両親の関係は、短い時間ながらも深い愛情に満ちたものでした。

父親の柳瀬清さんは

「上海帰りのモダンボーイ」

と呼ばれるほど洗練された人物でした。

やなせたかしさんが生まれた翌年には東京朝日新聞に引き抜かれるほどの実力者だったようです。

父親は仕事のため上海に単身赴任していましたが、家族への愛情は深く、やなせたかしさんたちを上海に呼び寄せようと準備していました。

しかし、アモイへの転勤が決まると再び単身赴任を選択し、1924年にアモイで客死してしまいます。

やなせたかしさんは、わずか5歳で父親を亡くしたのです。

母親の登喜子さんは、高知県香北町在所村出身の才女で、6人きょうだいの次女として生まれました。

高知県立第一高等女学校に進学するほど教育熱心な家庭で育ったようです。

夫を失った後の苦労は想像に絶するものがありましたが、息子たちのために最善の道を選択し続けました。

やなせたかしさんは後年、両親について

正直な人になるようにと教えられた

と語っており、短い期間ながらも両親から受けた愛情と教育が、その後の人生の土台となったことが分かります。

母親の登喜子さんはその後再婚しましたが、やなせたかしさんとの関係は生涯にわたって良好でした。

成人してからも母親を大切にし、アンパンマンの成功を母親に報告できたことを喜んでいたそうです。

やなせたかしに兄弟はいる?

やなせたかしさんの弟・千尋さんは上海で生まれ、やなせたかしさんより3歳年下でした。

やなせたかしさんと弟との関係は、生涯にわたってやなせたかしさんの心の奥深くに刻まれた特別なものでした。

この関係こそが、後のアンパンマン誕生に深く関わっていると言われています。

父親の死後、千尋さんは裕福な父方の伯父(医師の柳瀬寛さん)に引き取られ、やなせたかしさんも後に同じ伯父のもとで育つことになりました。

兄弟は伯父の家で仲良く暮らし、伯父が趣味人だったこともあり、二人は音楽や芸術に親しむ環境で成長しました。

やなせたかしさんは後に「弟は私よりも才能があった」と語っており、千尋さんを深く愛していたことが分かります。

しかし、太平洋戦争が二人の運命を大きく変えました。

千尋さんは海軍中尉として特殊任務でフィリピンに向かう途中、アメリカ軍艦からの攻撃を受けて戦死してしまいます。

やなせたかしさんが中国で軍務に就いている間の出来事でした。

1946年に故郷に戻ったやなせたかしさんは、愛する弟の戦死を知らされました。

この時の衝撃と悲しみは計り知れないものがあったでしょう。

やなせたかしさんは、

弟の分まで生きなければ

という思いを胸に、その後の人生を歩んでいきます。

弟の死は、やなせたかしさんの戦争観や平和への思いを決定的に形作りました。

「本当の正義とは何か」
「人を救うヒーローとはどうあるべきか」

という問いは、この体験から生まれたのです。

アンパンマンが「自分の顔を分け与えて人を救う」というキャラクター設定は、弟への思いと重なる部分があると多くの研究者が指摘しています。

愛する人を失った深い悲しみが、後に多くの子どもたちに愛されるキャラクターの誕生につながったのです。

やなせたかしの幼少期の習慣は?

やなせたかしさんが育った伯父の家では、医師の家庭らしい規律正しい生活が営まれていました。

同時に、芸術や文化を大切にする環境があり、それがやなせたかしさんの豊かな感性を育てる基盤となっていました。

伯父の柳瀬寛さんは医師であると同時に、多趣味で音楽や美術にも詳しい人だったのだとか。

家には様々な本や楽器があり、子どもたちが自由に文化に触れられる環境が整っていたようです。

やなせたかしさんは後に

伯父からかなり影響を受けた

と語っており、この環境が創作活動の原点となったことが分かります。

教育についても、伯父は非常に熱心でした。

やなせたかしさんを

・後免野田組合小学校
・高知県立高知城東中学校

と地域の名門校に通わせ、さらに東京の官立専門学校まで進学させました。

当時としては破格の教育投資だったと言えるでしょう。

また、伯父の家では地域社会への貢献も重要視されていました。

医師として地域医療に従事する伯父の姿を見て、やなせたかしさんも

人の役に立つ仕事をしたい

という思いを強く持つようになったのです。

こうした環境が、やなせたかしさんの幅広い教養を育む土台となったのでしょうね。

編集者の感想

やなせたかしさんについて詳しく調べさせていただき、改めてその人生の深さに感動いたしました。

確かに実家は裕福でしたが、それ以上に家族の愛情と教育への投資が素晴らしかったと感じます。

特に印象的だったのは、5歳で父親を亡くし、戦争で愛する弟を失うという深い悲しみを経験しながらも、最終的に子どもたちに愛と希望を届けるキャラクターを生み出したことです。

裕福な環境で受けられた良質な教育と、人生の困難を経て培った深い人間性が合わさって、あの温かいアンパンマンの世界が生まれたのだと思います。

まとめ

今回の記事は、

・やなせたかしの実家はお金持ち?
・やなせたかしの実家が裕福な家庭と言われる3つの理由!
・やなせたかしと家族のエピソードを紹介!

こちらの内容でまとめました。

今回の調査を通して、やなせたかしさんの実家が確かに「裕福な家庭」だったことが明らかになりました。

父方が300年続く旧家で、引き取られた伯父が医師会長を務める開業医だったこと、そして高等教育を受けられる経済力があったことが主な理由です。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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