星野真里の実家はお金持ち?父方の祖父母も同居する9人家族!

星野真里さんというと、子役時代から長く活躍し続けている実力派の女優さんという印象がありますよね。

「3年B組金八先生」の坂本乙女役を思い出す人も多いですし、朝ドラや大河ドラマでも自然な演技が光っていて、派手すぎないのにしっかり印象に残る存在です。

そんな星野真里さんについて調べていると、「実家はお金持ちなの?」「裕福な家庭で育ったのでは?」という声も見かけます。

果たして、星野真里さんの実家はお金持ちなのでしょうか。

そこで今回の記事は、

・星野真里の実家はお金持ち?
・星野真里の実家が裕福な家庭と言われる3つの理由!
・星野真里の家族のエピソードを紹介!

こちらの内容でまとめていきます。

目次

星野真里の実家はお金持ち?

星野真里さんの実家が「お金持ち」と言われているようですが、裕福なご家庭だったと思われます。

星野真里さんですが、ネット上で

「実家は裕福なのでは?」

との声が広がっています。

星野真里さんの実家をインターネット検索してみると、このように「星野真里 実家 お金持ち」というキーワードまで出てきます。

これは、星野真里さんの実家について「お金持ち」というイメージを持つ方が多いということでしょう!

ここで星野真里さんのプロフィールを見ていきましょう。

星野真里のwikiプロフィール
  • 生年月日:1981年7月27日
  • 年齢:44歳(2026年5月現在)
  • 出身地:埼玉県上福岡市(現・ふじみ野市)
  • 血液型:O型
  • 身長:156cm
  • 職業:女優
  • 所属:トルチュ

星野真里さんが芸能界に入ったのは、7歳ごろです。

きっかけは、先に児童劇団に入っていた弟さんの存在でした。

もともとはとても引っ込み思案な子どもだったそうですが、テレビに出ている弟さんを見て、「自分もやってみたい」と思うようになり、劇団東俳に入りました。

そして1995年、NHKの朝ドラ「春よ、来い」でデビュー。

同じ年には、TBSドラマ「3年B組金八先生」に出演し、坂本金八先生の娘・乙女役で一気に注目を集めます。

今でも「金八先生の乙女役」というイメージを持っている人は多いですよね。

この頃から、児童劇団から芸能事務所へ移り、「これは仕事なんだ」と強く意識するようになったそうです。

2005年には映画「さよならみどりちゃん」で初主演を務めました。

この作品では、ナント三大陸映画祭で主演女優賞を受賞。

その後もドラマ、映画、舞台、CM、ナレーションなど幅広く活躍し、2010年代には「ゲゲゲの女房」「ごちそうさん」など話題作にも出演しました。

プライベートでは、2011年に当時TBSアナウンサーだった高野貴裕さんと結婚。

2015年には長女を出産しています。

現在は、一児の母として子育てをしながら、女優としても活動を続けています。

では、一体なぜ、星野真里さんの実家はお金持ちと言われているのでしょうか?

理由について、次で詳しく見ていきましょう。

星野真里の実家が裕福と言われる3つの理由!

星野真里さんの実家が裕福と言われる理由は、3つありました。

星野真里の実家が裕福と言われる理由

①:曽祖父が明治大正期の著名な実業家・政治家だった
②:実家が駅前の好立地でタバコ屋を経営
③:青山学院中等部・高等部・大学への進学

これらの理由を詳しく検証してみましょう。

理由①:曽祖父が明治大正期の著名な実業家・政治家だった

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星野真里さんが裕福と言われる理由1つ目は、「曽祖父が明治大正期の著名な実業家・政治家だった」からです。

星野真里さんの実家が「裕福なのでは」と言われる一番大きな理由は、曾祖父にあたる「星野仙蔵さん」という人物の存在です。

星野仙蔵さんは、明治から大正時代にかけて活躍した実業家であり、政治家としても知られていました。

中でも注目されているのが、東武東上線の開発に関わっていたことです。

東武東上線は、現在も埼玉県を代表する鉄道路線のひとつですよね。

当時の鉄道事業は、今以上に大きなお金が動く成長産業でした。

そのため、鉄道づくりに関わる人たちは、かなりの資産を持っていたと考えられています。

さらに、星野仙蔵さんは「回漕業(かいそうぎょう)」と呼ばれる、船を使って荷物を運ぶ仕事もしていたと言われています。

明治・大正時代は、日本の経済が大きく発展していた時期で、物資を運ぶ需要も急増していました。

そのため、こうした運搬業はとても利益が出やすい仕事だったようです。

こうした経歴を見ると、星野真里さんの曾祖父が当時かなりの財力を持っていた可能性は高そうです。

そして、その豊かな家系の流れが代々続いてきたのではないか、と考える人も多いのでしょう。

実際、当時の詳しい資産額までは分かっていません。

ただ、明治・大正時代に実業家や政治家として活躍できた人物は、かなり大きな資産を持っていたケースが多かったと言われています。

現在の価値に置き換えると、数億円から数十億円規模だった可能性もあるようです。

理由②:実家が駅前の好立地でタバコ屋を経営

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星野真里さんが裕福と言われる理由2つ目は、「実家が駅前の好立地でタバコ屋を経営」です。

星野真里さんの実家は、埼玉県ふじみ野市(旧・上福岡市)の上福岡駅東口すぐの場所で、「上福岡たばこセンター ホシノ」というタバコ店を営んでいます

駅から歩いて10秒ほどという、とても便利な場所にあることでも有名です。

この抜群の立地が、「実家は裕福なのでは」と言われる理由のひとつになっています。

駅前は人通りが多く、商売をするにはかなり条件の良いエリアです。

特に東武東上線は埼玉県内でも利用者の多い路線なので、通勤や通学の途中に立ち寄る人も多かったのでしょう。

タバコ店は、こうした駅前の環境と相性の良い商売だと言われています。

毎日多くの人が利用する場所だからこそ、安定した売り上げにつながりやすいのです。

実際、タバコ店の利益率を考えると、駅前の好立地にある店舗なら、毎月数十万円ほどの利益が出ていた可能性があります。

年間に換算すると、数百万円から1000万円を超える収益につながっていたことも十分考えられるでしょう。

また、この店舗がある土地は、星野家が代々所有してきたものだそうです。

曾祖父・星野仙蔵さんの時代から、駅周辺の土地を持っていたとも言われています。

駅前の土地は資産価値が高く、長く持っているだけでも大きな財産になります。

そのため、「星野家はかなりしっかりした資産を持つ家庭なのでは」と考えられているんです。

さらに、このタバコ店は埼玉県内でも売り上げトップクラスと言われており、扱う商品の種類も数百種類以上と、非常に豊富です。

一般的なタバコ店より品ぞろえが多く、駅前という立地の強さもあって、安定した経営を続けているようです。

星野真里さん自身も、子どもの頃から家業を身近に感じながら育ちました。

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ブログでは、店の手伝いをしたり、たばこや缶ジュースの自動販売機に商品を補充したりしていたことを明かしています。

こうしたエピソードからは、一般的な会社員家庭とは少し違う、「家業のある家庭」ならではの安定感が伝わってきますよね。

幼い頃から家族の仕事に触れていたことで、自然と商売や経営への感覚も身につけていったのかもしれません。

理由③:青山学院中等部・高等部・大学への進学

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星野真里さんが裕福と言われる理由3つ目は、「青山学院中等部・高等部・大学への進学」です。

星野真里さんが青山学院中等部、高等部、そして大学まで進学していたということも、実家が裕福だと言われる大きな理由の一つです。

私立一貫校から私立大学まで進むコースは、教育費がかなりかかることで知られています。

しかも星野真里さんは5人きょうだいの真ん中ですから、兄弟姉妹全体の教育費まで考えると、家計にかなりの余裕がなければ難しいですよね。

現在公表されている学費を参考にすると、青山学院で学ぶためには次のような費用がかかります。

青山学院進学にかかる費用
  • 青山学院中等部:初年度約165万9,000円、3年間合計約403万9,000円
  • 青山学院高等部:初年度約141万7,000円、3年間合計約349万1,000円
  • 青山学院大学文系学部:初年度おおむね82万円前後、4年間合計は約498万円前後
  • 中高大の学費総額の目安:合計で約1,250万円前後
  • これに加えて、制服・体操着・教材・通学費・受験塾代なども別途必要

いまの学費を単純に合計するだけでも、かなり大きな金額になります。

もちろん、星野真里さんが在学していた当時とは金額が異なります。

しかし「私立一貫校から私大まで進学できる家庭だった」という事実そのものが、裕福なイメージにつながっていると考えられます。

一般的な相場として見ても、私立中学校の教育費は公立よりかなり高めです。

日本政策金融公庫の案内では、中学校の1年間の教育費総額は公立で約53.9万円、私立で約143.6万円とされていました。

3年間で考えると差はかなり大きくなりますし、そのうえ高校・大学まで私立が続くとなると、やはり経済的な支えが必要です。

星野真里さんの場合、「芸能活動をしていたから学費をまかなえたのでは」と見る人もいるかもしれません。

しかし、中学受験の段階から青山学院ルートに進んでいることを考えると、もともとの家庭の教育方針と経済力がしっかりしていたと見るほうが自然でしょう。

落ち着いた雰囲気や品のよさが語られることが多いのも、こうした育った環境と無関係ではなさそうですね。

星野真里の実家は父方の祖父母も同居する9人家族

星野真里さんの家族構成は、父親・母親・祖父母・姉・兄・星野真里さん・弟・妹という9人家族でした。

家族のエピソードを紹介します!

両親との絆がステキ!

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星野真里さんの家では、父は実家のたばこ店に出ることが多く、家庭のことは主に母が担っていたそうです。

しかも5人きょうだいに加えて父方の祖父母も同居する9人家族だったため、母の忙しさはかなりのものだったことが想像できます。

炊飯器2台がフル稼働していたとも語られていて、それだけでも毎日の食事づくりの大変さが伝わってきますよね。 

そんな環境だったからこそ、子どものころの星野真里さんは、母に素直に甘えられなかったのだそう。

7歳から子役を始め、学校や仕事のことを相談したくても、「忙しい母には言えない」と思い込んでしまっていた時期があったといいます。

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聞かれても乱暴に返事をしてしまい、母とぶつかることも多かったとのことです。

転機になったのは、大学に入って一人暮らしを始めてからでした。

料理、洗濯、掃除など、母が当たり前のようにこなしてくれていたことの大きさに、星野真里さんはそこで初めて気づいたそうです。

それからは料理のことを電話で相談するようになり、少しずつ母を頼れる関係に変わっていったと語っています。

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父との関係では、実家の商売を通して学んだ出来事が印象的です。

星野真里さんは子どものころ、父と一緒にジュースの自動販売機へ補充する手伝いをしていました。

そのとき、へこんだ缶をそのまま入れようとした星野真里さんに対し、父は「これはお父さんが買うよ」と止めたそうです。

中身に問題がないとしても、お客さんにそのまま出さない。

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その姿を見て、星野真里さんは

「かっこいい」
「初めて働くことを意識した」

と振り返っています。 

この話から見えてくるのは、ただ厳しいだけではない、誠実な商売人としての父の背中です。

実家がお金持ちかどうか以上に、家業を通して「人に出すものには気を配る」「見えないところでも手を抜かない」という感覚を自然に学んでいたのかもしれませんね。

星野真里は5人きょうだいだった!

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星野真里さんは、姉・兄・星野真里さん・弟・妹という5人きょうだいの真ん中です。

真ん中っ子らしく、上からも下からも刺激を受けながら育ったようで、本人もテレビ番組で

「ケンカはすごいしました」

と話しています。

上のきょうだいにやられたら下に返す、という“真ん中っ子らしい感覚”も明かしていて、飾らない性格が伝わってきますよね。

きょうだいは一般の方なので詳しい情報は多くありませんが、星野真里さんのエピソードからは、仲の良い関係だったことがうかがえます。

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特に印象的なのが、3歳下の弟さんとの話です。

子どもの頃、取っ組み合いのケンカになり、星野真里さんの足が弟さんのあごに当たってしまったことがあったそうです。

弟さんは何針も縫うけがをしたそうで、かなり激しい兄弟ゲンカだったことが分かります。

なかなか豪快な話ですが、それだけ本気でぶつかり合う関係だったということですよね。

ただ、その弟さんは、星野真里さんの人生を大きく変えた存在でもありました。

弟さんは子役として活動していて、「あずきバー」のCMに出演したこともあります。

その姿を見た星野真里さんが、「自分もやってみたい」と思い、芸能界を目指すようになったのです。

そう考えると、今の女優・星野真里さんがいるのは、弟さんの存在がきっかけだったとも言えそうですね。

また、5人きょうだいの真ん中として育ったことで、人との距離感や周囲の空気を読む力も自然と身につけていったのでしょう。

一方で、自分の気持ちを後回しにしがちな面もあったようで、それが後の「話すのが苦手」という悩みにもつながっていきました。

弟さんとの出会いが女優への入口になり、上のきょうだいたちの進路が中学受験への流れを作り、下のきょうだいとの関わりが性格にも影響を与えた――。

そう考えると、星野真里さんの人生は、いつもきょうだいたちの存在と深く結びついていたことが分かります。

にぎやかで、時には大変なこともありながら、家族のつながりはとても強かったのでしょう。

そんな家庭環境もまた、星野真里さんのやわらかい人柄につながっているのかもしれません。

星野家はどんな家庭だった?

一番わかりやすいのは、家庭の中に「教育を大切にする考え方」が自然と根づいていたことです。

星野真里さんはブログで、

小学生の頃は中学受験のために塾へ通っていて、それが特別なことではなく、上のきょうだいと同じように進むことが「我が家の当たり前」だった

と振り返っています。

学校が終わると、お弁当やおにぎりを持ってそのまま塾へ向かう生活だったそうです。

この一文だけでも、かなり忙しい毎日だったことが伝わりますよね。

大家族の中でこうした受験生活を支えるには、家の側にもそれを回す力が必要です。

つまり、星野真里さんの実家では、「しっかり勉強すること」や「進学を目指すこと」が、家庭の中で自然な流れになっていたようです。

厳しく押しつけられていたというよりは、上のきょうだいが頑張っている姿を見て、「自分もそうするのが当たり前」という感覚が育っていったのでしょう。

もうひとつ感じられるのは、家族みんなで支え合うことが、ごく自然な家庭だったという点です。

母親は9人家族の家事をこなし、父親は店を守り、子どもたちはそれぞれの学校や生活を送る。

かなり忙しい家庭だったはずですが、その中で星野真里さんの芸能活動も受験生活も成り立っていました。

また、星野真里さんは子ども時代から本が好きで、物語の世界に入り込むタイプだったと話しています。

読書好きな習慣が、そのまま今の仕事に生きているという言葉もありました。

家の中に、勉強や読書に向かいやすい空気があったのだろうなと思います。

そして、実家の習慣として見逃せないのが、忙しい中でも家族の挑戦を止めないことです。

弟さんが劇団に入り、そこから星野真里さんも入りたいと言い出したとき、両親はその思いを受け止めました。

普通なら「そんな余裕はない」で終わってもおかしくありませんが、星野真里さんの実家はそうではなかったんですよね。

こうした積み重ねを見ると、星野真里さんの実家のルールや習慣は、目に見える厳格な決まりよりも、

「教育を大切にする」
「子どもの挑戦を応援する」
「忙しくても家族で回していく」

という家風として表れていたように感じます。

派手ではないけれど、芯がある家庭。

そんな実家だったからこそ、星野真里さんは引っ込み思案な子ども時代から、一歩ずつ芸能の世界へ進んでいけたのかもしれません。

編集者の感想

今回あらためて星野真里さんの実家や家族エピソードを調べてみて感じたのは、「ただのお金持ち話」では片づけられない魅力があるということでした。

たしかに、教育費や子役活動の支えを見ると、経済的にゆとりのある家庭だった可能性は高そうです。

でもそれ以上に印象に残るのは、商売に誠実なお父さん、忙しい中で家を回してきたお母さん、にぎやかなきょうだいたちの存在でした。

星野真里さんの落ち着いた雰囲気や、やさしいのに芯がある話し方は、こうした家庭で育ったからこそなのだろうなと思います。

華やかな芸能人というより「きちんとした家で大事に育てられた人」という印象が強くなりました。

まとめ

今回の記事は、

・星野真里の実家はお金持ち?
・星野真里の実家が裕福な家庭と言われる3つの理由!
・星野真里の家族のエピソードを紹介!

こちらの内容でまとめました。

公開されている情報を整理すると、裕福な家庭と言われる理由はかなりはっきりしています。

まず、上福岡駅前でたばこ店を営む家だったこと。

次に、5人きょうだいの中で中学受験や私立一貫校への進学。

そして、曽祖父として知られる人物の存在から、地元に根づいた家系として見られやすいことです。

この3つが重なることで、星野真里さんの実家は「地元のしっかりした商家」「教育にお金をかけられる家庭」「育ちの良さを感じる家」と受け取られているようです。

いわゆる派手なセレブ感とは少し違いますが、安定感のある裕福な家庭という見方には納得しやすいですよね。

また、家族エピソードからは、星野真里さんが愛情だけでなく、忙しさや遠慮、きょうだいとのぶつかり合いもある中で育ってきたことが伝わりました。

だからこそ、星野真里さんの落ち着いた雰囲気や、言葉を大事にする姿勢には、実家での経験がしっかりつながっているのだと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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