モデル、タレントとして長年第一線で活躍され、その明るいキャラクターとファッションセンスで多くの女性から支持を集めている西山茉希さん。
テレビやSNSなどで垣間見える西山茉希のライフスタイルや、飾らないポジティブな姿勢から、「実家が裕福なのでは?」という噂がネット上で囁かれることがあります。
特に「西山茉希 実家 金持ち」といったキーワードでの検索も多く、その家庭環境に関心が寄せられているようです。
果たして西山茉希さんの実家は、世間で言われるような裕福な家庭環境だったのでしょうか。
そこで今回の記事は、
こちらの内容でまとめていきます。
西山茉希の実家はお金持ち?
西山茉希さんですが、ネット上で
「実家は裕福なのでは?」
との声が広がっています。
西山茉希さんの実家をインターネット検索してみると、このように「西山茉希 実家 お金持ち」というキーワードまで出てきます。

これは、西山茉希さんの実家について「お金持ち」というイメージを持つ方が多いということでしょう!
ここで西山茉希さんのプロフィールを見ていきましょう。
- 生年月日:1985年11月16日
- 年齢:40歳(2025年12月現在)
- 出身地:新潟県長岡市
- 血液型:O型
- 身長:168cm
- 職業:モデル、タレント、YouTuber
- 所属事務所:Grick
西山茉希さんは、高校生の時に東京・銀座でスカウトされたことがきっかけで芸能界入りしました。
2005年、20歳の時に人気ファッション誌『CanCam』の専属モデルとしてデビューし、一躍人気モデルに。
『CanCam』では「かわいい系エビちゃんOL」の後輩的なポジションで、明るくフレッシュなキャラクターが人気を集めたんですよね。
2009年まで専属モデルを務めた後も、タレント、女優、YouTuberとして幅広く活動を続けています。
私生活では、2013年に俳優の早乙女太一さんと結婚し、2人の娘さんを出産しましたが、2019年に離婚。
現在はシングルマザーとして、2人の娘さんを育てながら精力的にお仕事をされています。
YouTubeチャンネル「西山茉希#俺流チャンネル」では、料理動画や家族とのエピソードを公開し、親しみやすい人柄で多くのファンに愛されているんです。
では、一体なぜ、西山茉希さんの実家はお金持ちと言われているのでしょうか?
理由について、次で詳しく見ていきましょう。
西山茉希の実家が裕福と言われる3つの理由!
①:高校時代から東京で芸能活動ができる経済力
②:父親が建築関係の仕事で経済的に安定していた
③:バレーボールの県選抜での活動を全面サポート
これらの理由を詳しく検証してみましょう。
理由①:高校時代から東京で芸能活動ができる経済力

西山茉希さんの実家が裕福と言われる最大の理由は、高校時代から東京で芸能活動をしていたことです。
西山茉希さんは新潟県長岡市の高校に通いながら、2004年の高校3年生のときに東京・銀座でスカウトされました。
新潟県長岡市から東京まで、新幹線で片道約2時間、往復で2万円以上かかります。
オーディションやレッスン、撮影などで月に何度も東京に通うとなると、交通費だけで月10万円以上は必要だったはずです。
さらに、東京での滞在費や食事代、衣装代なども必要ですよね。

- 新幹線往復:約20,000円〜25,000円
- 東京での宿泊費(1泊):約8,000円〜15,000円
- 食事代・交通費:約3,000円〜5,000円
- 月4回通った場合の月額:約124,000円〜180,000円
子どもの夢を応援するにはかなりの費用がかかるんです。
それを惜しみなく出せるって、やっぱり経済的に余裕がないと難しいと思うんです。
デビュー前やデビュー直後のモデルって、ギャラもそんなに高くないですからね。

それでもご両親は娘の夢を応援し続けた。
これは本当に素晴らしいことだと思います。
普通の家庭では、
「高校卒業してから」
「自分で稼げるようになってから」
と言われることも多いですよね。
でも西山茉希さんのご両親は、娘の夢を早い段階からサポートしてくれたんです。
これは単にお金があるだけでなく、子どもの可能性を信じて投資できる心の余裕もあったということ。

実際、西山茉希さん自身も
「実家のサポートがあったからこそ、夢を追えた」
と感謝の気持ちを語っています。
地方から東京に出て活動するって、金銭面だけじゃなく精神面でも大変だったと思うんです。
でも、家族の支えがあったからこそ、今の西山茉希さんがいるんですね。
理由②:父親が建築関係の仕事で経済的に安定していた

2つ目の理由は、お父様の職業です。
西山茉希さんの父親は建築関係の会社にお勤めだったそうです。
西山茉希さんご本人が
「父は建築会社に勤めていて」
と語っています。

また、一部の情報では「会社を経営している」という話もあります。
真偽は定かではありませんが、もし経営者だったとすれば、さらに経済的に余裕があったということになりますね。
私の周りでも、建築関係で働いている方は比較的収入が高い印象があります。
また、西山茉希さんが『CanCam』に掲載されたとき、お父様は発売日に何冊も雑誌を買って、車のトランクに大量に保管していたというエピソードがあるんです!
このエピソード、親バカで微笑ましいですよね。

でも同時に、雑誌を何冊も買えるという経済的余裕も感じられます。
「娘が載っている!」という喜びで何冊も買ってしまうお父様、本当に娘思いですよね。
お父様の経済力があったからこそ、3人のお子さんを育てながら、西山茉希さんの芸能活動もサポートできたんでしょうね。
家族5人で生活して、さらに娘の東京での活動費用も出せるって、やっぱり普通の家庭よりはゆとりがあったと考えられます。
理由③:バレーボールの県選抜での活動を全面サポート

3つ目の理由は、中学時代のバレーボール活動へのサポートです。
西山茉希さんは中学時代、新潟県選抜メンバーとして全国大会に2年連続で出場しています。
スポーツをやっている子どもを持つ親御さんなら分かると思うのですが、県選抜レベルで活動するって、本当にお金がかかるんです。
遠征費用、ユニフォーム代、シューズなどの用具代、合宿費用など、様々な費用が必要になってくるんです。
しかも全国大会レベルとなると、遠征も頻繁になりますよね。

- 月会費:約3,000円〜5,000円
- ユニフォーム・用具代(年間):約30,000円〜50,000円
- 県内遠征費(月1〜2回):約5,000円〜10,000円
- 県外遠征費(年数回):約20,000円〜50,000円
- 合宿費用(年数回):約30,000円〜50,000円
- 年間合計:約150,000円〜250,000円以上
これに加えて、普段の学校生活でも教育費がかかりますよね。
そう考えると、西山茉希さんのバレーボール活動を全面的にサポートできたご家庭は、やはり経済的に余裕があったと言えるでしょう。
西山茉希さん本人も
「生活の全部をバレーに捧げていた」
と語るほど、真剣に取り組んでいました。

それができたのは、ご両親が惜しみなくサポートしてくれたからこそ。
また、西山茉希さんには2歳年上のお兄さんと3歳年下の弟さんがいます。
きょうだい全員に平等にチャンスを与えられるって、親としては理想的なことだと思うんです。
西山茉希は5人家族!
家族のエピソードを紹介します!
両親との深い絆がスゴイ!

先ほどもご紹介した、お父様が車のトランクに『CanCam』を大量に保管していたというエピソードは、娘への愛情の深さを物語っていますね。
西山茉希さんは、
「車のトランクから大量のCanCamが出てきました」
「何も言わず、直筆の手紙を送り続けてくれながら、発売日に分厚い雑誌を買い続けて車に乗せて娘の記録を残してくれていた父」
とインスタグラムで感動のエピソードを明かしています。
『CanCam』って当時1冊600円以上していましたし、分厚くて重い雑誌なんですよね。
それを何冊も、しかも毎月買って保管し続けるって、どれだけ娘のことを愛していたかが伝わってきます。
さらに、お父様は感情豊かな方でもあるそうです。
お酒の席で家族のことを話していると、感極まって涙することもあるんだとか。
西山茉希さん自身も
「父の人間力に追いつけない」
と語るほど、素晴らしい人柄の方なんですね。

お母様についても、素敵なエピソードがあります。
親子で一緒にバイトって、なかなかない経験ですよね。
印象的なのは、2004年の新潟県中越地震の時のエピソード。
この地震で長岡市も大きな被害を受けました。
当時、西山茉希さんは東京で芸能活動を始めたばかりで、実家に帰るべきか東京に残るべきか悩んでいたそうです。

そんな時、お母様が言ったのが「お兄ちゃんがいる東京に行きなさい」という言葉。
不安な時期だったからこそ、この言葉がどれだけ心強かったか想像できますよね。
お母様は、娘の夢を一番に考えて、自分のことは二の次にしてくれた。
これって、親としてなかなかできることじゃないと思うんです。
こうした家族の支えがあったからこそ、西山茉希さんは芸能界で輝けたんだと思います。
西山茉希は兄と弟と東京で9年間同居していた!

西山茉希さんが上京したとき、まずはお兄さんと2人暮らしを始めました。
その後、弟さんも東京に出てきて、なんと兄弟3人で約9年間も一緒に暮らしていたんです。
普通は「一人暮らししたい」とか「友達とシェアハウスしたい」とかなりそうなものですが、西山3きょうだいはずっと一緒だったんです。
西山茉希さん自身も、
「兄は二つ年上で、弟は三つ年下です。東京に出てきて兄と二人暮らし。
弟が出てきて東京で三人暮らし。約9年間の東京ライフを兄弟と共に過ごしました」
とインスタグラムで振り返っています。
現在も、西山3きょうだいの絆は健在です。
さらに感動的なのが、3人それぞれが親になった今でも、家族の絆を大切にしていることです。
お兄さんにも弟さんにもお子さんがいて、西山茉希さんのお嬢さんたちと合わせると、いとこ同士の子どもたちがたくさんいるんです。
西山茉希さんは、
「西山3兄弟がそれぞれ親になって守りたいもの。親兄弟だけじゃなく、従兄弟達との思い出を残してあげたい」
と投稿しています。
昨日弟から送られてきた写真。我等3兄弟☆☆☆私が3才。懐かしむ記憶もまだない頃。25年後の私がこの写真を見てる感覚が、なんだか不思議だぁ(*´`*) どんな風に成長するか、まだなぁんにも知らないんたもんなぁー pic.twitter.com/82Ajz1oUZj
— 西山茉希official (@makky_panther) December 12, 2013
自分たちが幼少期に経験した「いとこと遊ぶ楽しさ」を、次の世代にも伝えたいという想い。
西山茉希さんは
「従兄弟と過ごした思い出が宝物の3きょうだいが守りたいもの。同じ幸せを子供達にも感じてほしい」
とつづっています。
核家族化が進む現代で、こうやって親戚みんなで集まれる関係って本当に貴重だし、素敵ですよね。
西山家でのルールや習慣!

まず何より感じるのは、「家族を大切にする」という文化が根付いていたことです。
お父様もお母様も、子どもたちの個性や夢を尊重しながら、しっかりとサポートしていました。
子どもの気持ちに寄り添いながら、必要なサポートは惜しまない。
そんな育て方は、きっと実家でも同じだったんでしょうね。
実は、西山茉希さんの祖父母は書店を経営されていたそうなんです。

いとこたちと書店で遊んだ思い出もあるそうです。
書店を経営できていたということは、教育レベルの高い家庭だったのではないかと考えられます。
本を大切にする家庭文化があったことは、子どもたちの成長にも良い影響を与えたでしょうね。
西山茉希さんは著書「いつもしも 子供とママのリアル防災」を出版されています。
これは、新潟県中越地震を経験したことが大きく影響しているそうです。
面白いエピソードとして、お父様の車にはヘルメットが常備されていたそう。

地震の時、普段はどっしり構えているお父様が、そのヘルメットを一人でちゃっかりかぶっていた、という笑い話も。
西山茉希さんは今でも頻繁に長岡に帰省されています。
日本三大花火大会の一つ「長岡まつり」についても、
「おばあちゃんの家から家族で出かける縁日は夜の香りがした」
と懐かしそうに語っています。

東京で活躍しながらも、故郷を忘れない。
そんな西山茉希さんの姿勢は、多くの人に共感されています。
実家でのルールとして特別なものはなかったかもしれませんが、
「家族を大切にする」
「お互いを尊重する」
「夢を応援し合う」
という、もっと大切な価値観が育まれていたんだと思います。
それこそが、お金では買えない本当の財産なんでしょうね。
編集者の感想

西山茉希さんの実家について調べていて、本当に心が温まりました。
確かに経済的に裕福だったことは間違いないと思いますが、それ以上に「家族の絆」という豊かさに恵まれていたんですね。
お父様が黙々と娘の雑誌を買い集めていたエピソードには、涙が出そうになりました。
そして何より素敵だと思ったのが、兄弟3人の関係性です。
大人になっても、それぞれが親になっても、こうやって仲良く集まれるって本当に理想的ですよね。
西山茉希さんが今、シングルマザーとして頑張れているのも、こうした温かい家族のサポートがあるからこそなんでしょうね。
お金も大事ですが、それ以上に「家族の愛」という財産が、人生を支えてくれるんだなって改めて感じました。
まとめ
今回の記事は、
・西山茉希の実家はお金持ち?
・西山茉希の実家が裕福な家庭と言われる3つの理由!
・西山茉希の家族のエピソードを紹介!
こちらの内容でまとめました。
西山茉希さんの実家は、確かに経済的に裕福な家庭だったと言えるでしょう。
高校時代から東京での芸能活動を全面サポートし、バレーボールの県選抜活動も惜しみなく応援していました。
お父様は建築関係のお仕事で安定した収入があったと考えられます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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