「まーきのっ」のフレーズで一躍お茶の間の人気者となり、現在はお笑いタレントとしてだけでなく、軟式野球日本代表選手やミュージカル俳優としても活躍されている、おばたのお兄さん。
そのマルチな才能と明るいキャラクターの背景には、どのような家庭環境があったのでしょうか。
ネット上では、「おばたのお兄さん 実家 金持ち」というキーワードが検索されることがあり、ご実家が裕福ではないかという噂が囁かれています。
そこで今回の記事は、
こちらの内容でまとめていきます。
おばたのお兄さんの実家はお金持ち?
おばたのお兄さんですが、ネット上で
「実家は裕福なのでは?」
との声が広がっています。
おばたのお兄さんの実家をインターネット検索してみると、このように「おばたのお兄さん 実家 お金持ち」というキーワードまで出てきます。

これは、おばたのお兄さんの実家について「お金持ち」というイメージを持つ方が多いということでしょう!
むしろ、中学2年生の時にお父様を亡くされてからは、お母様が女手一つで4人の子どもたちを育ててこられた、とても苦労の多いご家庭だったんです。
でも、ネット上では「裕福な家庭だったのでは?」という声が多く見られます。
なぜそんな噂が広まったのか、まずはおばたのお兄さんのプロフィールと経歴から見ていきましょう。
- 本名:小幡 和貴(おばた かずき)
- 生年月日:1988年6月5日
- 年齢:37歳(2025年11月現在)
- 出身地:新潟県魚沼市(旧北魚沼郡小出町)
- 血液型:B型
- 身長:166cm
- 職業:お笑いタレント、ものまねタレント、俳優、YouTuber
- 所属事務所:吉本興業
おばたのお兄さんは、幼少期から運動神経が抜群で、水泳、剣道、野球、アルペンスキーと複数のスポーツに打ち込んできました。
日本体育大学時代には、ラクロス部に所属し、関東学生リーグで優勝という輝かしい成績を残しています。
大学卒業後、番組制作会社への就職が内定していましたが、お笑い芸人になる夢を諦めきれず、内定を辞退。
お母様の猛反対にあいながらも、「1年で100万円貯めたら認める」という条件をクリアし、2013年にNSC東京校18期生として入学しました。
当初はコンビ「ひので」として活動していましたが、2016年にコンビを解散してピン芸人として活動を開始。
2017年の「爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル」で披露した小栗旬さんのモノマネ「まーきのっ!」がSNSで大バズりし、一躍有名になりました。
その後、テレビ出演だけでなく、YouTubeやTikTok、Instagramなどでも精力的に活動。
現在では魚沼市の観光PR大使「魚沼特使」にも任命され、地元愛を発信し続けています。
イクメンパパとしての姿もSNSで公開し、多くのファンから支持を集めているんです。
では、一体なぜ、おばたのお兄さんの実家はお金持ちと言われているのでしょうか?
理由について、次で詳しく見ていきましょう。
おばたのお兄さんの実家が裕福と言われる3つの理由!
①:幼少期に複数の習い事をしていたから
②:兄妹全員が大学に進学しているから
③:お母様が自営業(クリーニング店)を経営していたから
これらの理由を詳しく検証してみましょう。
理由①:幼少期に複数の習い事をしていたから

まず1つ目の理由は、おばたのお兄さんが幼少期から複数のスポーツの習い事をしていたことです。
一般的に、習い事をたくさんさせられる家庭というのは、経済的に余裕がある印象を持たれやすいんですよね。
おばたのお兄さんが取り組んでいたスポーツは以下の通りです。
- 水泳
- 剣道(全国大会出場)
- 野球
- アルペンスキー(新潟県地区強化指定選手)
なんと4つものスポーツを習っていたというから驚きですよね!
用具代、ウェア代、リフト券、遠征費用など、年間でかなりの金額が必要になるんです。

でも強化指定選手になると、遠征費用が年間でなんと約150万円もかかることが分かったんです。
一般的な習い事の費用を考えてみると、確かに複数の習い事を続けるのは経済的な負担が大きいですよね。
- 水泳:月額6,000円〜8,000円程度
- 剣道:月額3,000円〜5,000円程度(防具代別途)
- 野球:月額3,000円〜5,000円程度(用具代別途)
- アルペンスキー:月額10,000円〜20,000円程度(板やウェア、リフト券、遠征費別途)
この費用を見ただけでも、4つの習い事を同時に続けるのは相当な経済的余裕がないと難しいと思いますよね。
だから「実家がお金持ちなんだ」という印象を持たれたのも無理はないんです。
でも実際には、アルペンスキーの遠征費150万円は家計にとって大きすぎる負担でした。

当時お父様は建設関係の事業をされていましたが、バブル崩壊の影響で経営が悪化していました。
それでも子どもたちには色々なことを経験させたいという親心から、できる限りの習い事をさせてくれていたんです。
でもスキーの遠征費は、どうしても工面できる金額ではなかったんですね。
おばたのお兄さんは後に剣道に専念し、全国大会出場という素晴らしい成績を残します。
日本武道館という大舞台で試合をした経験は、今でも彼の自信につながっているそうですよ。
つまり「習い事が多い=裕福」というイメージは、実際には「親が子どもの可能性を信じて精一杯のことをしてくれていた」という、もっと深い意味があったんですね。
この事実を知ると、ただのお金持ちエピソードではなく、家族の愛情の物語だったことが分かりますよね。
理由②:兄妹全員が大学に進学しているから

おばたのお兄さんは4人兄弟の三男で、長男と次男のお兄さん2人、そして1歳下の妹さんがいます。
そして驚くことに、兄弟全員が大学に進学しているんです!
私立大学の学費って、本当に高いんですよね。
おばたのお兄さんが入学した2006年当時の日本体育大学の学費を調べてみると、4年間で600万円〜680万円という金額になるんです!

- 入学金:約30万円(初年度のみ)
- 年間授業料:約100万円
- 施設費・教育充実費:年間約30万円〜40万円
- その他(実習費、教材費など):年間約10万円〜20万円
- 合計:年間約150万円〜170万円、4年間で約600万円〜680万円
これに加えて、新潟から東京への進学ですから、一人暮らしの生活費も必要です。
家賃、食費、光熱費などを含めると、月10万円〜15万円はかかるでしょう。
つまり、一人の子どもを私立大学に通わせるだけで、学費と生活費を合わせて4年間で1,000万円近くかかる計算になるんです。
それを4人分となると、相当な金額になりますよね。
でも実際には、これもお母様の強い教育への信念と、子どもたち自身の努力によって実現されたものだったんです。

おばたのお兄さんが中学2年生の時、お父様が他界されました。
その後、専業主婦だったお母様はハウスクリーニング業の自営業を始め、女手一つで4人の子どもを育てることになったんです。
決して楽な生活ではなかったはずです。
お父様が亡くなった当時、長男は大学1年生でした。
長男は家計のことを考えて「大学を辞めて就職する」とお母様に相談したそうですが、お母様は「絶対に大学を卒業しなさい」と言って、辞めさせなかったんですよ。
亡くなったお父様の遺志でもあり、お母様自身も
「子どもたちには教育だけは受けさせたい」
という強い思いがあったんでしょうね。

そして、おばたのお兄さん自身も奨学金を借りながら、アルバイトをして大学に通っていたと語っています。
実家からは家賃の援助はあったものの、それ以外は自分で何とかしていたんですね。
さらに芸人を目指すと決めた時、お母様からは「1年で100万円貯めたら応援する」という条件を出されました。
その努力と根性、本当にすごいですよね!
つまり「全員大学進学=裕福」というイメージの裏には、お母様の必死の努力と、子どもたち自身の頑張りがあったということなんです。
こういう話を聞くと、本当に素敵な家族だなって思います。
お金持ちかどうかよりも、もっと大切なものを持っている家族だったんですよ。
理由③:お母様が自営業(ハウスクリーニング店)を経営していたから

3つ目の理由は、お母様がハウスクリーニング業という自営業を営んでいたことなんです。
「自営業=収入が多い」
「社長=お金持ち」
というイメージを持つ人も多いですよね。
確かに経営者と聞くと、なんとなく裕福な印象を受けるのも分かる気がします。
でも実際には、お母様がハウスクリーニング業を始めたのは、お父様が亡くなった後、4人の子どもを育てるために必死だったからなんです。
決して豊かになるためではなく、生活するために、そして子どもたちを大学まで行かせるために、休む間もなく働き続けたんですよ。
地元・新潟県魚沼市でハウスクリーニング店を営んでおられますが、決して豪華な暮らしをしているわけではなく、堅実に地道に働いてこられたことが伺えます。

お父様は建設関係の事業をされていましたが、バブル崩壊の影響で経営が悪化。
その後、おばたのお兄さんが14歳の時に他界されました。
それまで専業主婦だったお母様は、突然家計の全てを背負うことになったんです。
当時の状況を想像すると、本当に大変だったと思いますよね。
中学生と高校生、大学生の子どもが4人もいる中で、一人で家族を支えなければならない。
でもお母様は、泣いている暇もなかったんでしょう。
魚沼市という地域で、コツコツと信頼を築いていったんだと思います。

お母様の自営業は、家族を守るための必死の選択だったのであって、裕福だったからではないということがよくわかります。
きっとお母様は、苦労が報われた瞬間だったでしょうね。
つまり「自営業だから裕福」というイメージの裏には、お母様の並々ならぬ努力と、家族への深い愛情があったということなんです。
小さなクリーニング業で4人の子どもを大学まで行かせたお母様の力強さ、本当に尊敬しますよね。
このように、おばたのお兄さんの実家が「お金持ち」と誤解された3つの理由には、いずれも家族の愛と努力の物語が隠れていたんです。
表面的な情報だけで判断してはいけないなって、改めて感じました。
おばたのお兄さんの地元は新潟県魚沼市!
本人のブログやインタビューでも「実家のある新潟県魚沼市に帰省した」「実家のある魚沼市まで行った」という記述が何度も出てくるので、今でも魚沼市に実家があることが確認できます。
芸能人の実家ってあまり場所を公表しないイメージですが、地元ではかなり知られた存在みたいですね。
実家は魚沼市内の商店街や「松喜屋酒店」の近くにあるとも紹介されていて、いかにも地方都市のローカルな環境で育った感じが伝わってきます。
魚沼といえばお米が有名ですし、自然豊かな場所で育ったんでしょうね〜。
こういう地元との繋がりが強いエピソード、なんだか親近感が湧きますよね!
おばたのお兄さんと家族のエピソードを紹介!
家族のエピソードを紹介します!
両親の深い愛情がスゴイ!

お父様について、おばたのお兄さんは、
「父親は家事、育児に関せずという人だった」
「スポーツなどは色々とさせてもらったし、一緒に練習してくれたけど、日頃の家事育児はほぼ母親に任せていた」
と語っています。
昔気質の、仕事中心のお父さんだったんでしょうね。
でも、子どもたちにスポーツをさせてあげたり、一緒に練習したりと、子煩悩な一面もあったようです。
お父様は、おばたのお兄さんが中学2年生、14歳の誕生日の頃に他界されました。
しかも葬儀が行われたのは、なんとおばたのお兄さんの誕生日である6月5日だったんです。

そして驚くべきは、お通夜と葬儀の日のエピソードです。
兄妹も次々にお父様の面白エピソードを語り、葬儀なのに終始明るい雰囲気だったとか。
一見すると不謹慎に思えるかもしれませんが、これはおばたのお兄さんなりの、そして家族なりの悲しみの表現だったんでしょうね。
悲しみに沈むのではなく、笑って送り出すことができたのは、本当に素敵な家族だと思いませんか?
そしてお母様との関係は、本当に深い絆で結ばれています。

お母様は、お父様が亡くなった後、専業主婦からハウスクリーニング業の経営者へと転身しました。
4人の子どもを育てるため、休む暇もなく働き続けたんです。
現在も、おばたのお兄さんは家族のLINEグループでお母様や兄妹と連絡を取り合っているそうです。
お父様の命日には、お母様から「手を合わせてくださいね」とメッセージが入り、みんなで返信するんだとか。
18年経った今も、家族みんながお父様のことを忘れず、お母様を中心に絆を保ち続けているんですね。
こんなに素敵な家族関係、本当に憧れますよね。
おばたのお兄さんは4人兄弟!

まず、お父様が亡くなった時のこと。
当時、長男は大学生で東京にいて、次男は高校生でした。
そしておばたのお兄さんは中学2年生、妹さんはさらに年下でしたね。
お通夜の日、東京から駆けつけた長男も含めて、兄妹みんなでお父様の「すべらない話」を次々と披露したそうです。
辛い状況の中でも、一緒に笑い合える兄妹関係って素敵ですよね。
長男は、大学卒業後に就職してお母様の事業を手伝っていたという情報もあり、家族思いの優しいお兄さんなんだなと感じます。

現在、長男はすでに結婚されており、お子さんもいらっしゃるとのこと。
そして妹の美里さんとの関係も、とても微笑ましいんですよ。
美里さんはおばたのお兄さんの1歳下で、4人兄妹の末っ子です。
実は、おばたのお兄さんと妹さんはとても顔が似ているんです!
以前、おばたのお兄さんが女装した時の写真がSNSで話題になったんですが、「妹にそっくり!」と言われるほどだったそうですよ。
俺の女装妹にそっくりだからさ。一個下の妹が泣いちゃうよ pic.twitter.com/ysOVIYEkRE
— おばたのお兄さん (@hinode_obt) August 22, 2015
美里さんは既に結婚されていて、お子さんもいらっしゃるママさんです。
実用的なプレゼント、さすが兄妹って感じですよね。
そして2024年のお正月には、兄妹全員とその家族が集まった集合写真も公開されていました。
おばたのお兄さんの長男くんも一緒で、大家族の温かい雰囲気が伝わってくる素敵な写真だったんですよ。

おばたのお兄さん自身も、家族のLINEグループで兄妹とやり取りしているそうで、お父様の命日にはみんなで手を合わせることを確認し合っているんだとか。
お父様を早くに亡くし、母子家庭で育った4人兄妹。
きっと辛いこともたくさんあったと思います。
でもだからこそ、お互いを支え合い、助け合って生きてきたんでしょうね。
おばた家には独特のルールや習慣があった!

おばたのお兄さんの実家には、お母様が定めた独特のルールや習慣があったそうなんです。
最も有名なのが「2階に上がる時は手ぶらで行くな」というルールです。
これは、効率的に動くことの大切さを教えるものだったんですね。
例えば、1階にある洗濯物を2階に持って上がるとか、リビングにあるゴミを2階に行く時に一緒に持っていくとか。
一見すると厳しいルールに思えるかもしれませんが、これって実は合理的で、生活の知恵ですよね。
特に、お母様が一人で4人の子どもを育てながら仕事もしていた状況を考えると、家事の効率化は必要不可欠だったんでしょう。

そしてもう一つ大切にしていたのが「自分のことは自分でやる」という自立の精神です。
これは、おばたのお兄さんが大学時代にアルバイトを掛け持ちして学費を稼いだり、芸人を目指すために1年で150万円を貯めたりする行動力につながっているんだと思います。
「自分でやる」という習慣が、しっかりと根付いていたんですね。
また、家族の習慣として、お父様の命日には必ず家族で手を合わせることも続けているそうです。

お母様が毎年、家族のLINEグループに「今日はお父さんの命日です。手を合わせてくださいね」とメッセージを送り、兄妹全員が返信するんだとか。
18年経った今も、この習慣を続けているというのは、本当に素敵だなと思いませんか?
お父様への感謝の気持ちを忘れず、家族の絆を大切にする習慣が、しっかりと受け継がれているんですね。
さらに、家族みんなで笑い合うことも、おばたのお兄さんの家族の大切な習慣だったようです。
お父様の葬儀の日でさえ、「すべらない話」で笑い合った家族。
こうして見ると、おばたのお兄さんの実家のルールや習慣は、決して厳しいだけのものではなかったんです。
効率的に生きること、自立すること、家族を大切にすること、笑顔を忘れないこと。
そういった人として大切なことを、お母様が子どもたちに伝え続けてきたんですね。
そしてそれが、今のおばたのお兄さんの人間性の基盤になっている。
お金持ちかどうかよりも、もっと大切なものを受け継いでいる家族だったんですよ。
編集者の感想

今回、おばたのお兄さんの実家について調べてみて、私自身とても心を動かされました。
テレビで見る明るく爽やかな姿の裏に、こんなにも深い家族の物語があったなんて、正直驚きましたね。
「実家がお金持ち」という噂は完全に誤解で、むしろ母子家庭で苦労しながらも、家族みんなで支え合って生きてきた姿に胸が熱くなりました。
特に印象的だったのは、お母様が4人の子どもを大学まで進学させたという事実です。
ハウスクリーニングの仕事で必死に働きながら、「教育だけは諦めさせたくない」という強い信念を貫いたお母様。
その苦労は想像を絶するものがあったと思います。
そして、おばたのお兄さん自身も、奨学金とアルバイトで学費をまかないながら夢を追い続けた努力家。
今の成功は決して偶然ではなく、家族の支えと本人の努力の積み重ねなんだと実感しました。
まとめ
今回の記事は、
・おばたのお兄さんの実家はお金持ち?
・おばたのお兄さんの実家が裕福な家庭と言われる3つの理由!
・おばたのお兄さんの家族のエピソードを紹介!
こちらの内容でまとめました。
「実家がお金持ち」という噂がありましたが、実際には中学2年生の時にお父様を亡くされ、お母様がシングルマザーとして4人の子どもを育ててこられたという、経済的には厳しい環境だったことが分かりました。
裕福な家庭だと言われる理由は、①多数の習い事をしていたこと、②兄弟全員が大学に進学した、③お母様が自営業(クリーニング店)を経営していた、という3つでしたが、これらは必ずしも経済的な豊かさだけが理由ではありませんでした。
むしろ、お母様の愛情と教育方針、そしておばたのお兄さん自身の努力の賜物だったんですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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